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福岡地方裁判所 昭和33年(ワ)718号 判決 1960年1月25日

原告 金嶽光

被告 国

訴訟代理人 中村盛雄 外二名

主文

被告は原告に対し金二〇〇、〇〇〇円及び之に対する昭和三二年一二月一六日以降右金員完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求は棄却する。

訴訟費用中金一、四七〇円は原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

事実

原告は

被告は原告に対し金四〇九、〇〇〇円及びこれに対する昭和三二年一二月一六日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求め

其の請求の原因として

原告は昭和三一年九月頃、当時福岡市板付キヤンプに在勤していたアメリカ合衆国空軍将校訴外ウイリアム某より、乗用車一輌(一九五三年型シボレー)を代価金九〇〇ドルで買受け、その所有権者であるところ、右自動車は昭和三二年一〇月初旬頃被告の出先機関である博多税関支署によつて領置された。其の後同月二八日博多税関支署長によつて右領置は解除されるに至つた。従つて同支署長は右解除後直ちに原告に対し領置物件還付の通知をし且つこれを還付しなければならないに拘らずその手続を怠り右自動車の違法なる領置を継続し訴外日米モータース株式会社に寄託保管していたところ同年一二月一五日の火災により焼失して了つた。以上の次第で原告はその所有に係る本件自動車の還付を受けることができなくなつたが、其の原因は前記のとおり博多税関支署長の故意又は過失に因る違法領置に基くものであるから、国は原告に対して同人の蒙つた損害を賠償する義務がある。

而して右損害は

(1)  自動車購入代金九〇〇ドル之を邦貨に換算して金三二四、〇〇〇円

(2)  売買手数料及通訳料二〇〇ドル之を邦貨に換算して金七二、〇〇〇円

(3)  原告が博多税関支署に出頭するに要した旅費金一〇、〇〇〇円、日当一〇日分金二、三〇〇円、宿泊料一〇日分金九、〇〇〇円の合計金二一、三〇〇円

右総合計金四一七、三〇〇円である。

仍つて被告に対し右損害中金四〇九、〇〇〇円及びこれに対する損害発生の翌日たる昭和三二年一二月一六日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める為本訴請求に及んだ

と述べ、

立証として、甲第一乃至第一四号証を提出し、証人船越勲、同南賢二、同渡辺健一、同奥家高雄の各証言並びに原告本人訊問の結果(第一、二回)を援用し、乙第一〇号証及び第一六号証は不知、その余の乙各号証の成立は認める、と述べた。

被告指定代理人は

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求め

答弁として、

原告が所有権を有すると主張する自動車は昭和三二年九月二日原告より訴外高根やす子に譲渡されているので原告は本件自動車についての損害賠償請求権を主張することは出来ない、と述べ

原告がその主張の自動車を訴外ウイリアム某より代価九〇〇ドルで買受けた事実、右自動車が被告の出先機関である博多税関支署によつて領置されたが、昭和三二年一〇月二八日右領置は解除されたものである事実、博多税関支署は右自動車を訴外日米モータース株式会社に於て保管していたところ昭和三二年一二月一五日火災により右自動車は焼失したものである事実は之を認めるのが、その余の事実は否認する。

そもそも本件自動車は、昭和三二年九月一〇日博多税関支署により原告に関する本件自動車に係る「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定の実施に伴う関税法等の臨時特例に関する法律」(以下「臨特法」と略称する。)及び関税法違反嫌疑事実について犯則嫌疑物件として領置されたものであるが、その後同年一〇月二四日同支署に於て犯則事件として立件せず徴税通関することに決定し同月二八日には本件自動車の領置を解除したものである。そしてその頃右趣旨を書面にて原告宛通知すると同時に同年一一月四日出頭した原告に対し本件自動車を早急引取るよう促したが原告に於て引取を拒んだ為、已むを得ず原告の利益保全の為保管場所として最も適当と思料した前記訴外会社倉庫に保管中、不可抗力の失火により焼失するに至つたものである。従つて被告には何ら賠償の義務はない

と述べ、

立証として、乙第一及び第二号証の各一及び二、第三乃至第一一号証、第一二及び第一三号証の各一及び二、第一四乃至第一七号証を提出し、証人石橋源七の証言を援用し、甲第一号証、第二号証の一及び二、第三乃至第五号証は成立を認める、その余の甲各号証は不知と述べた。

理由

原告が訴外ウイリアム某より買受けた一九五三年型シボレー乗用車が昭和三二年一二月一五日訴外日米モータース株式会社に於て火災により焼失した事実は当事者間に争はない。そこで先づ右自動車の焼失当時の所有権の帰属について考察する。乙第一六号証によれば昭和三二年九月二日原告は訴外高根泰子との間に同女所有の自動車を代金四五〇、〇〇〇円で買受け、その代金の弁済方法として原告所有の本件自動車の譲渡を以て内金二二〇、〇〇〇円の弁済とし、残代金二三〇、〇〇〇円の中金三〇、〇〇〇円を現金で金二〇〇、〇〇〇円を原告振出高根泰子宛支払期昭和三二年一〇月一五日の約束手形の交付により支払う約束が出来た旨の記載がみられ、乙第一四号及び第一五号証の記載もこれに副うかの如くであり、殊に乙第一四号証は原告より高根泰子に対する本件自動車の譲渡証明書であり、本件自動車は当時原告の所有を離れたものではないかとの疑を抱かせる余地が存在する。しかし此の点について原告本人は乙第一四号及び第一五号証作成の経緯について次の如く述べる。即ち当時、高根泰子よりその代理人石橋源七を通じて高根所有の自動車売渡の交渉があり原告が買受けることとなり、石橋と原告の間で一旦、その代金の弁済方法として原告所有の本件自動車の譲渡を以て内金二〇〇、〇〇〇円の弁済に充て、残代金の中金三五、〇〇〇円を現金で金二〇〇、〇〇〇円を原告振出高根泰子宛支払期昭和三二年一〇月一五日の約束手形の交付により支払う約束が出来、乙第一四号証譲渡証明書及び乙第一五号証の約束手形の交付が為されたが、石橋の申出により本件自動車の譲渡の代りにさきに石橋源七が訴外石橋マサ子に対して有する借入金債務金三三九、〇〇〇円のうち金二〇〇、〇〇〇円を原告に於て石橋源七の為立替払を為し、原告の石橋源七に対する右金二〇〇、〇〇〇円の求償請求権を以て売買代金中二〇〇、〇〇〇円につき相殺することに改められた。従つて乙第一四号証の譲渡証明書は原告に返還されるべきであつたところ、うやむやのうちに返還されるに至らなかつたものである。旨供述する。そして成立に争ない甲第五号証並びに右原告本人の供述により真正に成立したと認められる甲第六号乃至第一〇号証にも右供述内容にそう記載がみられる。そしてこの点に関する証人石橋源七の証言は曖昧であり措信し難く、結局前記原告本人の供述並びに真正に成立したと認められる甲第六号乃至第一〇号証によつて焼失当時の所有者は原告であつた旨の事実が認められ、乙第三号証、第一四号証、第一六号証並びにその余の証拠を以てするも右認定をくつがえすことは出来ない。

そこで更に進んで、成立に争ない乙第二号証の一及び二、証人船越勲の証言によれば、本件自動車は原告に対する「臨特法」及び関税法違反嫌疑事件の犯則嫌疑物件として、昭和三二年九月一〇日博多税関支署職員山田明義が訴外園田美紀雄より任意提出を受けて領置したものである事実を認めることができる。そして同年一〇月二八日右領置が解除されたものであることは被告も之を認めるところであるが、右解除されるに至つた理由は成立に争ない乙第四乃至第六号証、証人船越勲の証言によれば、事犯の内容を考慮し通告又は告発処分に付することなく許放処分とし、徴税通関に付することとした為であることが認められる。而して関税法(昭和二九年法律第六一号)第百三十四条第一項関税法施行令(昭和二九年政令第一五〇号)第九十二条、税関長の権限の一部を税関支署長に委任することについて承認した範囲(昭和二九年大蔵省告示第一八三六号)によれば、税関支署長は領置物件について留置の必要がなくなつたときはその返還を受けるべき者にこれを還付すべき義務を有するところ、被告は、解除に際してその趣旨を書面にて原告宛通知すると同時に同年一一月四日出頭した原告に対し引取を促したが原告に於て拒んだものである旨主張し、証人船越勲もその旨証言する。しかし右証言は証人奥家高雄の証言に照らして措信し難く、却つて同証人の証言によれば、同年一一月四日博多税関支署に出頭した原告に対して税関支署長より係員を通し本件自動車が徴税通関に付せられることとなつた旨説明があり関税納付の催告が為されたが、原告が即時支払を為さなかつた為、支署長が引渡を拒み還付が為されずに至つたものである事実を認めることが出来、右認定をくつがえすに足る証拠は無い。ところで証人奥家高雄は還付を拒んだ理由について、原告が関税の支払を拒んだ為本件自動車の所有権の帰属について疑があつたことと、関税徴収を確保する為であつた旨証言する。しかし関税法第百三十四条第一項の領置物件の「返還を受けるべき者」とは必ずしも所有者に限られないことは明らかであり、且つ原告本人の供述、成立に争ない甲第二号証の一及び二、乙第一二号証の一及び二の各証拠並びに前記一一月四日以降焼失前に於て税関支署が本件自動車の所有権者について調査をしたという特段の事実も認められないことを綜合すれば、所有権の帰属についての疑が還付拒否の決定的動機であつたと認めることは出来ず、むしろ関税徴収の確保がその動機であつたことがうかがわれる。

そうだとすれば前記の如く、税関支署長は領置物件について留置の必要がなくなつたときはその返還を受けるべき者にこれを還付すべき義務を有するところ、ここに「留置の必要がなくなつたとき」とは証拠物件として又は没収に該当する物件として占有を続ける必要がなくなつた場合をいうものと解すべきであるに拘らず博多税関支署長は徴税確保の為に許放処分決定後も還付を拒絶する権限ありと考えたものであることは証人奥家高雄の証言よりもうかがわれるところであり、これは税関支署長の権限を誤り、ひいては結局領置物還付についての法規の解釈を誤り還付義務有るに拘らず無いものと考えたものであることとなる。そして右証人の証言によりすれば右誤つた解釈は、当該法規定自体より乃至は諸規定との比較綜合より合理的に導き出された解釈ではなく、明らかに明文に反する解釈であり税関支署長として徴税確保えの努力のあまり生み出されたものと認める他はない。そうだとすれば博多税関支署長が本件自動車を原告に還付する義務が有るに拘らず義務無きものと考えたことは同人の過失に基くものと言えよう。

従つて許放処分決定後に徴税の確保を目的として本件自動車の還付を拒絶し保管中に火災により之を焼失せしめた本件は、博多税関支署長がその職務を行うについて過失によつて違法に原告に損害を与えたもので、国は原告に対してその損害を賠償する義務がある。

その損害額について、

本件自動車の購入代金が九〇〇ドルである事は被告も認めるところである。しかし物品の滅失による損害額としては先づ当該目的物の滅失当時に於ける価額相当額が考えられるところ、前記認定のとおり昭和三二年九月頃原告は訴外高根泰子に対して本件自動車を価額金二〇〇、〇〇〇円のものとして右高根所有の自動車と交換しようとしたのであるから、右価額を以て本件自動車の焼失当時の時価と解するのを相当とする。従つて本件自動車の焼失により原告の蒙つた損害として右自動車の時価相当額金二〇〇、〇〇〇円が認められる。そうして原告が本件自動車を買受けるに際して手数料を支払つていても、滅失当時の価額が前記の通りである以上、曩に支払つた手数料は焼失により蒙つた損害と言うことは出来ない。尚、原告は右の他に博多税関支署に出頭するに要した旅費、日当、宿泊料をも蒙つた損害として主張するが、右は通常生ずべき損害の範囲に属しないから損害賠償義務の範囲に属しない。

以上の次第であるから国は原告に対して右金二〇〇、〇〇〇円及び之に対する本件自動車焼失の日の翌日たる昭和三二年一二月一六日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。仍つて原告の請求中以上の部分は正当なるものとして認容し、その余は失当なるものとして棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宇野栄一郎)

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